壬申の乱 (瀬田唐橋の決戦) 672年
瀬田唐橋の東(上)側には大海人軍、橋の西(下)側には大友皇子率いる朝廷軍
小学館 『キッズペディア歴史館』の為に再編集したもの
大海人軍と朝廷軍の兵士(作業段階)
この戦は夏(7月22日)に行われため背景の枯葦等は季節違いだった。 田唐橋(作業段階)
矢を放つ朝廷軍  瀬田唐橋(作業段階)矢雨の中、突撃する大分君稚臣(大津皇子の従者) 
大海人軍と朝廷軍は同様の装備のため、大海人軍は識別のため赤い布を付けていたとか言われている。 
2011年10月3日 

白村江の戦い 663年
当初、川幅一杯に船を配置し、徐々に包囲を狭め倭軍をせん滅した。
これも 『キッズペディア歴史館』の為に再編集したもの
当初の作品、渡河作戦は夜と考えていた。後に昼間と判明した。(2010年)  2010年の作品の別バージュン(2016年)途中で中止
小学館の依頼を受け再度船舶を検証する。やはり細部は不明(2019年)  
2010年12月3日


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