古 代 甲 冑 (古墳時代)
 この当時の遺物として残っているものは鉄で製作された冑と短甲胴甲・頸甲で、有機物(革・織物等)であった草摺等は残っていない。
 また、挂甲も同様である。
 短甲なら衝角付冑、挂甲なら眉庇付冑と言うものは無く、購入者の嗜好で選んでいたようである。
 短甲は歩兵用に適し、挂甲は騎兵用に適していた。
 当時の倭国には騎兵という兵種は存在していなかったため、挂甲を装着している者は首長とか指揮官級と言っても過言ではないようである。
衝角付冑・短甲(T) 衝角付冑・短甲(U) 衝角付冑・挂甲(T) 衝角付冑・挂甲(U)
CG 衝角付冑と短甲をまとった戦士 CG 復元 衝角付冑・短甲 CG 古代甲冑 槍兵 CG 古代甲冑 衝角付冑・挂甲
2007年12月27日 2009年8月2日 2007年12月20日 2011年9月13日
鉄地金銅装眉庇付冑・挂甲 眉庇付冑・挂甲 眉庇付冑・両当系札甲 卑弥呼?
鉄地金銅装眉庇付冑及び頚甲(想像画) CG 復元 岡山県天狗山古墳出土挂甲 CG 眉庇付冑と胴丸桂甲 卑弥呼?
2011年6月3日 2010年1月8日 2010年1月28日 2013年3月26日 修正
 鉄地金銅装眉庇付冑・挂甲
 福井県敦賀市向出山(むかいでやま)1号墳」で56年前に出土した古墳時代中期(5世紀後半)のよろいの付属品「頚甲(あかべよろい)」と、
つば付きかぶと「眉庇付冑(まびさしつきかぶと)」が、金銅板で全面装飾されていたことがわかり、同市教育委員会が5月31日に発表した。
冑は金銅と鉄を交互に並べた「六方白(ろっぽうじろ)」という珍しいデザインが施されている。


 発表されたのは
鉄地金銅装眉庇付冑及び頚甲であるが、同時代の甲冑を参考にしながら甲冑全姿を復元した。
 復元にあたり、頚甲が小札ではなく鉄板を使用しているのを考慮し肩甲の部分も一枚板と考えた。
 また、眉庇付冑であるため胴甲は挂甲とし、金銅と鉄の組み合わせは冑を参考に制作した。


 大陸・朝鮮半島から来襲する場合、都に一番近い港がある敦賀地方は防衛の要、そこに配置された人物は大和朝廷の王族に匹敵する
身分の高い者だったのであろう。そのため衣類の色も薄紫とした。 

鉄地金銅装眉庇付冑及び頚甲を復元する。
頸甲と胴甲の連結方法  頸甲の連結要領
 頸甲背中部にある紐@を胴甲側面にある環B、引き続き環Aに通す。
 再度、環Bに通しここで紐を縛着する。
 これは銃剣道防具の肩の装着と同じ方法である。
 この方法で縛着すれば頸甲と胴甲との隙間を無くすことができる。
 他に良い方法があれば伺いますが、当時もこの方法を採用していたと思われる。
2011年6月3日
環 頭 太 刀
CG 直刀 古墳時代
2007年11月19日
頭 槌 太 刀
CG 直刀 古墳時代
2009年12月2日
飛鳥時代
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